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2016年9月 8日 (木)

天王寺美術館と一心寺

Img_0122


9月4日フィールドワークの続きです。生玉地下壕の次に天王寺美術館に行きました。今の姿から想像できませんが、天王寺美術館も軍事に使われていたのですね。

美術館は1935年完成。 この美術館に高射砲第3師団司令部が置かれていたそうです。通称「炸12410」といい、兵力843名。傘下の高射砲第121連隊本部は住吉区に、第122連隊本部は守口市にあったということです。

 高射砲陣地は大阪市内では

 淡路(現 東淀川区)、緑(現 鶴見区)、真田山公園(天王寺区)、巽公園(現 生野区)
 住吉公園(高射砲第121連隊本部)、長居公園、平林(現 住之江区)、浪速駅(現 港         区)、住友岸壁(現 港区)、野田(現 福島区)、島屋(現 此花区)、歌島(現 西淀川区)などにあったそうです。

 戦争中はあらゆるものが軍に接収されたのですね。

次に一心寺に行きました。ここには満州開拓物故者之碑があります。

Img_0132満州開拓物故者之碑の由来には以下のような文言があります。
「 この碑には満蒙の昿野で無惨にも散った8万余人の満州開拓者とその関係者の御霊が合祀されています。
(略)
 大阪府においても、官民一致の勧奨により、府、市の転業開拓団や満蒙開拓青少年義勇軍をはじめ、その他あわせて、4600人が満州の地に送り出されました。
 昭和20年8月15日、祖国日本の敗戦とともに満州国は崩壊し、世界に比類なき王道楽土の建設は夢と消え失せ斃れた者8万人余、うち本府出身者は1600余に及び、実に世界開拓史上、例のない悲惨な結果を遂げました。」

簡単に言うと満州というのは日本がでっち上げた国です。1931年に満州事変を起こし日本軍は満州の主要な都市と鉄道沿線を占領、1932年3月、関東軍は満州占領を規制事実にするため、「満州国」の成立を宣言しました。すでに退位していた清朝の皇帝・溥儀を担ぎ出し、名目上の国家元首に据えたのが「満州国」です。

国際連盟の総会は、満州の主権は中国にあるので、南満州鉄道付属地外の日本軍は撤収するよう勧告しました。日本はこれを受け入れず、1933年3月、国際連盟を脱退しました。

日本の満州支配を維持し、日本国内の人口過剰の問題を解決し、さらにソ連との戦争に備えるために、日本は「在郷軍人」を中核とする武装移民団を編成」して、満州北部に入植させました。また、「満蒙開拓青少年義勇軍」を編成して、多くの青少年を満州に送りこみました。

大阪市では現在の交野市私市の地に大阪市立興亜拓殖訓練道場をつくり、満州へ送る拓殖民に職業と軍事の訓練を行いました。

「満蒙開拓青少年義勇軍」編成にあたっては、各府県に目標数が割り当てられ、学校教員が説得とおどしで「義勇軍」に入れたそうです。

府県別割当数と内原訓練所入所数
           全体割当人数(入所実数) 大阪割当(入所実数)
1938(昭和13)年  3万1300(2万4365)        200(198)
1939(昭和14)年  3万2050( 9508)          500(225)
1940(昭和15)年  3万2200( 9618)          700(321)
1941(昭和16)年  1万2600(1万3335)        350(278)
1942(昭和17)年  -    (1万2631)        - (342)
1943(昭和18)年  1万5000(1万1510)        350(240)
1944(昭和19)年  1万3500(1万1640)        350(313)
1945(昭和20)年          ( 3848) 
  計               (9万6455)      大阪計(1917) 
全国19位

みなさん、ここまでお読みになっていかがでしたか?歴史を振り返ってみると、どのようにして戦争に協力するようになっていくのか、させられるのかわかってくるように思います。安倍の北朝鮮敵視政策を見ていると、また、同じ過ち(=侵略)を繰り返すのではないかと思えてなりません。このような歴史を繰り返さないよう声を上げていきましょう。

[参考]
・「大阪市内で戦争と平和を考える」のサイト
・第2版 日本・中国・韓国=協同編集『未来をひらく歴史 東アジア3国の近現代史』
(日中韓3国共通歴史教材委員会 高文研 発行)

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