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2011年11月 7日 (月)

大阪城周辺戦跡めぐり⑥

最後にピースおおさか(大阪国際平和センター)に行きました。ここは有元さんが事務局長を勤めておられたところです。

111030piceoosaka ごらんのようにピースおおさかの屋根はいろいろな形をしています。

これは多民族共生を表しているのだそうです。家の形って民族によって違いますよね?そういうところからこの形に。ただ年月が経つと屋根の合わせ目とかから雨漏りがして大変だったと苦労話もされていました。

111030bosizou2 これは入り口の左側ににある「1945年の母子像」(粟津潔 作)です。
倒れている母親が赤ん坊を手に抱えて守っています。お母さんのお腹がえぐれているのは戦争によって傷ついたことを表現しています。

平和を祈念するとともに15年戦争で亡くなった方々を追悼するものです。

有元さんの説明を聞いているとき、館長さんたちが見えられ挨拶させていただきました。

ピースおおさかでは展示物をめぐって右翼からの物言いもあるそうですが、負けずにがんばっておられます。

また、橋下になってから予算を減らされ、光熱費など維持費しか予算が出ない為、新しい企画物などがなかなかできない状態になっています。


そのためピースおおさかでは会員を募集しています。
http://www.peace-osaka.or.jp/fan/

みんなでピースおおさかを支えていきましょう。

館内も見学しましたが撮影は控えましたので、栞から展示物をご紹介します。

Piceosakaatenjisitu                   A展示室。

入ってすぐのところに1t爆弾の模型があり、大きさに驚かされます。また、空襲後のジオラマがあるのですけど、家があったところは家が焼けていますので土が黒く、空襲疎開といって家をあらかじめ撤去していたところは土の色がしろっぽいというふうに、事実に則して忠実に作られています。

そしてビルが残っていますがアメリカは民家に空爆を加えるときには、安価な焼夷弾(油が飛び散って焼き尽くします)を使ったので、外側の壁は残るけども中は何も残らない、そういうところも忠実に再現しているということでした。

また、防空壕に逃げ込んだ方たちは蒸し焼きのようになって命を落とされたそうです。防空壕の模型も展示されていますので行かれたらよく見てください。小ささに驚きます。

Piceosakabtenjisitu                    B展示室。

B展示室では日本軍兵士の遺品などとともに多くの写真、当時の新聞、宣伝物、創氏名鑑(朝鮮人に名前を日本式に変えさせた記録)などが展示され戦争の加害と被害が分かるようになっています。

映像もたくさんあって、短い時間ではとても全部見ることはできませんでしたので、また行ってじっくり見たいと思いました。

いろいろ見て回ったあと、「刻の庭(ときのにわ)」という大阪大空襲の犠牲者を追悼するモニュメントを見てピースおおさかを後にしました。

111030inorinohiroba

このような貴重な歴史の証を遺そうと努めて下さった有元さんやピースおおさかの方々に感謝します。

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