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2011年11月 5日 (土)

大阪城周辺戦跡めぐり④

中国製狛犬を見た後、東方向に行って内堀にかかる橋を渡り、天守閣の北側に位置する山里曲輪(やまざとくるわ)に移動。

111030_111752_2  大阪城天守閣は大阪夏の陣と1665年の落雷で2度焼失したが1931年に市民の寄付150万円のうち47万円をあてて復興した経緯をもっています。

しかし、戦争が拡大するなか1942年に軍の管理下に置かれることに。1945年の大阪大空襲では天守閣の破壊はまぬがれたものの、屋根に無数の焼夷弾が落ち、西南隅と東北隅には1t爆弾が落ちました。西南隅は石垣下部の一部が吹き飛ばされ、現在は石板を貼って補修。東北隅は直撃はまぬがれましたが土台基部がえぐられて石垣が傾いてしまいました。現在見られる石垣のズレはそのためです。

下の写真がそれですけど、歪んでいるのがお分かりいただけたでしょうか。

111030isigakizure_2

それでは、山里曲輪に戻ります。機銃掃射を受けたときは徴用されていた女性たちが狙い撃ちにされたそうで、隠れるところも無くどれほど怖かっただろうと思います。生々しい弾痕を見て当時に想いを馳せました。

111030kijyuusousyaato2
上は表示板に向かって左側にある弾痕。

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上の写真と同じ弾痕。ちょっと角度を変えて撮りました。
下は皆で記念写真。弾痕の大きさもわかるでしょう。

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111030kijyuusyousyaato
階段状になった石組みに残る機銃掃射の痕です。無数にあります。
自分が狙われたときのことを想像してみてください。

だけど有元さんに説明していただかなかったら気がつかずに通り過ぎていたことでしょう。戦跡めぐりに参加してよかったと思いました。

次は第4司令部庁舎です。

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